ピッチング・セッションとは?

ピッチング・セッションとは?

ピッチング・セッションとは?
ピッチング・セッションに臨む      

“ピッチング・セッション”は1984年にカナダのBanff Television Festivalで始まったドキュメンタリーの国際共同制作を目指す提案会議だ。これを考案したのは当時、Banff Television Festivalの代表だったPat Ferns氏(写真右)で、彼自身がpublic pitching forum、pitching events、pitching platformsなど、色々な言い方をしている。当初はドキュメンタリー制作のピッチスキル(自らの企画を提案する技術)を磨くための教育的なイベントだったが、やがて実際に制作予算を集めるためのIndustry event(仕事してのドキュメンタリー制作を支援するイベント)となった。いまでは世界中のドキュメンタリー祭などで、「7分ピッチ、8分Q and A」というフォーマットのピッチング・セッションが毎月のように行われている。

ピッチング・セッションの数が増えている背景には、これまでドキュメンタリーの制作を支えてきた公共放送局で、制作費の削減が進んでいる厳しい現実が見え隠れする。大型のドキュメンタリー企画の予算をひとつの放送局で支えるのは難しいため、複数の国の放送局が予算を出し合って、秀逸なドキュメンタリーを制作しよう(ドキュメンタリーの国際共同制作)というのだ。こうした国をまたいだ放送局と優れてドキュメンタリー企画を結びつけるのがピッチング・セッションだ。

ドキュメンタリーを企画するプロデューサー、ディレクターにとって、多くの国を一つ一つ巡って放送局のデシジョンメーカー(企画の採択権や予算の配分権を持つ責任者)に企画を売り込み、予算を獲得するのは難しいの現実だ。しかしピッチング・セッションに参加して、様々な国の放送局プロデューサーや、ドキュメンタリー支援ファンドに会えれば、時間と労力を大幅に節約できる。放送局のデシジョンメーカーにとっても事情は同じだ。

いまやドキュメンタリーの国際共同制作にとって欠かすことのできないピッチング・セッションの基本、そしてどのように臨めばよいのかその初級編をまとめる。

目次

1.ピッチング・セッションの形式
2.プレゼンの基本
<2-1>何をプレゼンするのか?
<2-2>前説は簡潔に!
<2-3>パワポは避ける!!
<2-4>記憶に残る“演出”
<2-5>トレーラー
<2-6>トレーラーの例
<2-7>補足情報~Vimeo
<2-8>後説
3.Q&Aの極意
<3-1> 目的は質疑応答?
<3-2>企画者はしゃべり過ぎない
<3-3>デシジョンメーカーの質問は良い兆候
<3-4>想定される質問・コメント
<3-5>デシジョンメーカーのコメントはぜひメモを!

1 ピッチング・セッションの形式
ピッチング・セッションの形式企画を提案するのはドキュメンタリー企画の発意者であるディレクター(監督)と、サポートする制作会社のプロデューサーが行うことが多い。すでに企画への参加を決めている地元放送局のデシジョンメーカーが同席することも少なくない。

企画を受け止めるのは放送局のデシジョンメーカーや、ドキュメンタリーを支援している財団のプロデューサー、大手配給会社のプロデューサーなどだ。最近はドキュメンタリーを配信しているネット系の会社、ショートドキュメンタリーを配信している新聞社(英ガーディアンやNY Timesなど)などが加わることも多くなった。ネットフリックス、アマゾンなどの世界規模の動画配信会社もドキュメンタリー制作に乗り出しているがこうした会社のデシジョンメーカーは、ピッチング・セッションには参加せず、観客席で密かに企画をチェックしている事が多い。

プレゼンの持ち時間は7分程度が基本だ。プレゼンは、前説+trailer(企画を説明するための映像。2~3分程度。teaserとも言う)+後説という構成となる。プレゼンの後にはデシジョンメーカーとのQ and A(8分)が行われる。一企画15分が基本形だ。

モデレーターと呼ばれる司会者が仕切っていくが、単なる司会ではなく、制作者をサポートし、なるべく多くのデシジョンメーカーの意見を引き出すために重要な役割を果たす。

2 プレゼンの基本
<2-1>何をプレゼンするのか?

ピッチング・セッションはいわば「これから実現を目指す新製品のプレゼン」だ。一番重要なのは「どういった商品を作ろうとしているのか」であろう。もちろん、どうしてその新製品を作りたいかという熱い思い(Director’s motivation)や、新製品が必要とされる背景(Social background)なども重要だが、そもそもどういった新製品かが分からなければ、投資家は資金を投じるべきかどうかを判断できない。

それでは新製品の説明、つまりピッチング・セッションで企画の何を説明すべきなのだろうか。新製品でいえば形状、重さ、機能・用途、開発費、生産スケジュール。ドキュメンタリー企画でいえば、種類(ヒトもの、歴史もの、調査報道などの種類)、尺、内容、予算、制作スケジュールだ。テーマは主人公の思い入れが強いと、どうしてもその重要性や、制作すべき理由、社会的な背景などを説明しがちだ。しかし基本は「新製品の説明」であることをお忘れないように!

具体的にピッチング・セッションで説明すべき要素は・・・・

自己紹介
企画のタイトル
Logline(15秒で完結する企画説明)
演出のスタイル
予算と収入計画
制作スケジュール
フォーマット(尺、撮影方式、本数など)
さらに

ドキュメンタリーの構成・ストーリー展開
社会的背景
「なぜその企画に取り組もうと思ったのか」というディレクターの動機
なども重要だ。こうした項目から、自らの企画を説明すべきものを選び、「前説+トレーラー+後説」というピッチの流れを構成する。

散見される悪例は、同じ情報を繰り返すこと。つまり前説での説明とトレーラーの内容が重なっていることがよくある。これは時間の無駄。気をつけていただきたい。

「ドキュメンタリーの構成・ストーリー展開」を説明するときに忘れてはならないのは、「企画の本質を端的に説明する」ことだ。ではドキュメンタリーの本質とはなんだろうか?

ドキュメンタリーの国際イベント“Sunny Side of the Doc”(フランス)の代表イブ・ジャノー氏は、国際共同制作を目指すドキュメンタリーには欠かせない三つの要素があると言う。

一つ目は“ユニバーサル・イシュー(Universal Issue)”だ。つまり、テーマが普遍的であるべきということ。テーマがローカルすぎると海外の視聴者は関心を示さない。独居老人の孤独死は日本で顕著に見られる事象だが、その背景には高齢化社会、核家族化、人と人とのつながりの希薄化など様々は普遍的なテーマが含まれる。取材する対象が地方都市の無名の老人を取り上げた企画であっても、“ユニバーサル・イシュー(Universal Issue)”がその中に存在している。

次は“エクスクルーシブ・アクセス(Exclusive Access)”。直訳すると「排他的なアクセス」といった所だろうか。つまり、「私だけが知っている」、「私だけが主人公のインタビューを撮影できる」、「その場所に行けるのは私のクルーだけだ」といった“独占性”が必要だというのだ。誰でも撮影できる内容であってはいけないというのは、国際共同制作だけでなく、通常のドキュメンタリー制作においても留意すべきことだろう。

最後は“ドラマティック・アークDramatic Arc”だ。この言葉も日本語にするのは難しい。「ストーリーの起伏」と言えばわかっていただけるだろうか。ピッチング・セッションで欧米のデシジョンメーカーたちは必ずStory, Story line, Narrative(いずれも物語性、話法といった意味)を問う。「どうやってドキュメンタリーは始まり、どこで山場を迎え、そしてどのようなエンディングとなるのか?」という事が聞かれるのだ。“ドラマティック・アークDramatic Arc”、つまりドキュメンタリーには「ストーリーの起伏」がなければいけないというのだ。

日本では序破急、起承転結と言う言葉で構成を説明するが、欧米では「Three Acts三幕構成」が基本的な考え方のようだ。初めに状況設定を提示し(Beginning)、山場(Climax)があり、エンディングを迎えるというきわめてシンプルな流れだ。ピッチング・セッションのプレゼンも、この三要素を頭に置きながら説明していく事になる。

もちろんドキュメンタリーによっては、こんな簡単な流れにならない例は多い。ただデシジョンメーカーからの質問の中には、こういった流れを前提としたものが少なくない。知識としては、是非、持っていていただきたい。

<2-2>前説は簡潔に!

前説は、簡単な自己紹介、番組の狙い、必要最低限な基礎情報などを1分程度にまとめる。魅力的なトレーラーを用意しているのであれば、なるべく早く映像を見せることが重要だ。前説で長々と説明した後で、同じ情報がトレーラーの中に入っているとがっかりしてしまう。ディレクターの演出能力に疑問符がついてしまうのだ。

特に人間が主人公の場合には、あれやこれや説明せずにまずはその人物の魅力を映像で見せるのが得策だ。最悪の構成は、長々と前説で話しまくり、トレーラーを見せ、まとめもせずにQ and Aに突入するパターンだ。

もちろんトレーラーを見ただけでは分からない事や、海外のデシジョンメーカーにはなじみのない事情や風習などは、ある程度、前説で言及してからトレーラーを見せる必要があるのは言うまでも無い。

<2-3>パワポは避ける!!

ちょっとした演出を交えた印象的な前説、気の利いたトレーラー映像、後説での的確な補足説明がプレゼンの基本だ。図表や文字情報に頼る説明は、絶対に避ける。パワポを使った説明は厳禁!ドキュメンタリーの中でパワポを使うことは絶対にない。であればプレゼンでも使わないのが当たり前だ。

<2-4>記憶に残る“演出”

海外のデシジョンメーカーは数多くのプレゼンを聞く。ひとつのイベントだけでも20前後の企画のプレゼンを受け、年間に5~10回程度、ピッチング・セッションに参加する。一年では100を超える企画をプレゼンされる場合もあるのだ。まずはデシジョンメーカーに、自分の企画を覚えてもらう事が交渉のスタートだ。もちろん内容が独創的でユニークであれば小手先のプレゼン演出は必要無い。しかし記憶、印象に残る演出を加える事も重要だ。

“China Heavyweight”(紅い拳)は、NHKでも放送されたドキュメンタリーだ。中国四川省の小さなボクシングジムが舞台で、ボクシングにかける若者とコーチが主人公だ。中国系カナダ人のユン・チュアン監督が、2010年にHot Docsというカナダのドキュメンタリー祭でピッチした。ユン氏と一緒に登壇したのは名プロデューサーとして名高いピーター・ウィントニック氏。

モデレーターから「次の企画は“China Heavyweight”です」と紹介を受けた直後に、ウィントニック氏は、いきなり立ち上がり、手を振りかざしながらこう叫んだ。

「いまから今日のメインイベントが始まります!!!赤コーナーから登場するのはディレクターのユン・チャン!」

リングアナウンサーの真似をして、絶叫しながらディレクターを紹介したのだ。ウィントニック氏は100キロを優に超える巨漢。彼が大声で叫べば、誰もが注目する。“China Heavyweight”は、「ピーター・ウィントニックが叫んだ企画」としてデシジョンメーカーたちの頭の中に刷り込まれた。ちなみにこの企画はHot Docsで最優秀プレゼン賞を獲得し、私自身もHot Docs開催中に企画への参加を(心の中で)決めた。

大きな声を出せば良いと言うことではないが、企画の内容を理解してもらうのにプラスになるような気の利いた演出(関連するモノを持ってくる、かけあい漫才風にピッチする、歌う、踊るなど)は、デシジョンメーカーに覚えてもらうにはとても有効だ。

<2-5>トレーラー

クオリティの高いトレーラーは、企画全体の印象をとても良くする。ロケがまだ始まっていない段階のピッチでは、知恵と工夫が必要だ。欧米ではピッチング・セッションで使う映像の著作権には寛容で、ドキュメンタリードラマのピッチの際に、著名な映画の映像を平気で使い、「本編では再現映像を使うので、この映画の映像はもちろん使いません」と言ったりする。日本では、やはり映像や音楽の権利クリアは留意するべきだろう。

トレーラーは完成作品と同じテイスト、編集方針であることが望ましいが、全く違う演出で作っても問題無い。ただし「本編とは違う演出だ」とピッチング・セッションで説明する。

音楽の使い方は要注意。トレーラー全編にわたって音楽が鳴っているケースがあるが、あまり効果的ではない。プレゼンする相手はプロフェッショナルだ。テレビで流す視聴者向けのプロモーションのための映像と、ピッチング・セッションでのトレーラーでは全く目的が違う。“感動のシーンに感動の音楽を使う”といった事も避ける。音楽の使用は最低限に抑え、「実音」をきちんと聞かせることを心がける。ミュージックビデオ風の短いカットと音楽で構成するもの、あまり好ましくない。プロフェッショナルはごまかせない。

もちろんトレーラーは“英語版”として作る。ナレーション、キャプション(説明用のテロップ)、サブタイトル(翻訳テロップ)すべて英語にする。翻訳テロップの作り方にはコツがいる。デシジョンメーカーは全員が英語ネイティブではない。忠実に伝えようと、インタビュー内容すべてを翻訳し、長いテロップを短い時間に出すような演出は好ましくない。英語ネイティブで無い人たちでも余裕を持って読めるような尺をとって表示する。

字数は最大でも1行40字。2行フルに使う場合は、1枚5秒程度、見せることが必要だろう。

文字の大きにも注意。世界のデシジョンメーカーには老眼の人も多い。文字は大きめに作っておくほうが無難だ。

<2-6>トレーラーの例

〇波のむこう~浪江町の邦子おばさん~ (TokyoDocs2011 最優秀企画) 監督 三宅響子
トレーラー https://vimeo.com/57050924
番組情報 http://www.nhk.or.jp/co-pro/recent/20130308.html

〇世界の民主主義シリーズ ソーラーママ
トレーラー https://www.youtube.com/watch?v=VBt3bWYcF_A
※ナレーションは使用せずに全面黒バックのテロップで情報を付加してる
番組情報 http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=121206
番組全編(英語)

〇Fallen City 失われた町で
トレーラー http://www.pbs.org/pov/fallencity/video-fallencity-trailer/
番組情報 http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=110512
※作品完成後に制作されたトレーラー(ピッチ用では無い)
※英語テロップの字数は多め。

〇Planet of Snail 僕はカタツムリ (韓国)
トレーラー https://www.youtube.com/watch?v=XM-E-X-coCM
番組情報 www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=110322

<2-7> 補足情報~Vimeo

Web上にトレーラーをアップロードする際はVimeo(http://vimeo.com/)というWebサイトを使うのが一般的だ。基本は無料で、一般に公開したく無い場合はパスワードもかけられる。ピッチング・セッションに向けてトレーラーを作った時には、Vimeoにパスワード付きでアップロードしておき、デシジョンメーカーからの要望があればURLを知らせる。

Vimeoにはドキュメンタリーのトレーラーがたくさん公開されているので、色々なタイプを視聴すると参考になる。

<2-8> 後説

番組の流れ、ストーリー展開、演出方法、テーマの背景、その他の構成要素、サブキャラクターなど前説とトレーラーで伝えきれなかった要素を補足説明する。

ピッチング・セッションは、「これから売り出したい新製品のプレゼン」なのは前述した。デシジョンメーカーたちは、製品が完成する前に資金を提供しようとしているわけで、その新製品を理解しなければ、つまりどういったドキュメンタリーを作ろうとしているかを理解しなければ、企画に参加する決断はできない。

「このドキュメンタリーは〇〇といった理由で制作すべきものだ!!」と、その必要性を熱く語っても、デシジョンメーカーの心は揺らがない。企画をプレゼンするディレクターの多くは、取り上げるテーマ、取材対象に惚れ込み、入れ込んでいる事が多い。そのため「いかにこのテーマが重要で、制作すべき理由はなぜなのか」を強調したり、「私はこのテーマについては何でも知っている」とばかりに、様々な関連情報をこれでもかとばかりに披露したりすることが散見される。

しかし、デシジョンメーカーが一番聞きたいのは、企画者が考えている新製品そのものの情報だ。

ドキュメンタリーの国際共同制作はいわば「企画の先物買い」だ。納品前に資金を提供するのだから、きちんとした設計図、予算書、工程表がなければ怖くて乗れない。つまり、ストーリー展開、演出スタイル、撮影方法、スケジュール、予算などを整然と説明する事が必須というわけだ。

後説の中で触れるべき特に重要なポイントは“ストーリー展開(Storytelling)の説明”だ。Storytellingに対応した日本語はない。直訳すれば「ストーリーの伝え方、話法、もしくはストーリそのもの」だ。つまり「ドキュメンタリーはどうやって始まり」、「解決すべき、もしくは目的とすべき課題=challenge, conflicts, goalは何で」、「山場はどこになり」、「どうやって終わるか」という流れだ。日本では構成要素が重視される傾向がある。欧米では、構成要素ではなくドキュメンタリーの流れ(Storytelling, Storyline, Narrative)が何よりは大切だとされる。これが十分に説明できないと、Q and Aで、デシジョンメーカーから「色々と説明してくれたけど、ストーリーが見えない?」と突っ込まれることになる。

3 Q and Aの極意
<3-1> 目的は質疑応答?

ピッチング・セッションの中で最も重要な時間帯がQ and Aだ。しかし「質疑応答」が大切なわけでは無い。質問が多く出て、企画者が活発に答えるのは失敗とも言える。プレゼンが完全ならば質問は出ないはずだ。つまり質疑応答のやりとりが活発だからといって成功したとは言えないのだ。次々とデシジョンメーカーから質問が発せられ、企画者がそれに答えるという状況は実は喜ぶべき状況とは言えない。

Q and Aの時間はデシジョンメーカーが感想を述べ、態度を表明するために使うべきだ。「企画のこの部分が素晴らしい。私の枠にぴったりだから、この後の個別面談で詰めましょう」と言わせればこっちのもの。そこまで行かなくとも、前向きな言質を引き出せれば成功だ。

もちろん企画への感想や、アドバイスはとても貴重だ。しかし、ピッチング・セッションは制作のための資金を集まるためのもの。デシジョンメーカーが「乗るか、乗らないか」を知ることが最も大切だ。ピッチング・セッションは最優秀企画を選ぶためのコンテストでは無い。その目的は、できるだけたくさんの企画を成立させるべく応援することだ。

Q and Aでは、モデレーターの役割が大きい。モデレーターは単なる司会者ではなく、企画者のサポーターだ。企画者のプレゼンが不十分で伝えるべき情報が欠けている時には、企画者に質問をして情報を引き出そうとしてくれる。そして好意的なデシジョンメーカーを探し出して「企画の興味がある」、「乗ってみたい」という発言を引き出すことが役割だ。モデレーターはデシジョンメーカーたちを良く知っている人が務めることが多い。「この企画は、あのデシジョンメーカーが好きなはずだ」と予想して、なるべく多くの好意的なデシジョンメーカーを探し出してくれるのだ。

<3-2> 企画者はしゃべり過ぎない

デシジョンメーカーは本来、「乗るかどうか」をまず言うべきなのだが、質問好きな人もいる。質問が出たとき、モデレーターは「いま、respondする?」と聞いてくれる事が多い。うまく説明できないと思ったら、「ミーティングで話します&にっこり」とやり過ごすのが得策。しかし全部の質問を後回しにするのは良く無い。重要な質問には、手短に的確に答えることも重要だ。

中には企画者の意図を否定するような発言をしたり、的外れなコメントや質問をしたりするデシジョンメーカーもいる。モデレーターから言われなくても、

「関心をありがとう。後でゆっくり話しましょう&にっこり」(Thank you for your question and concern. Let’s discuss later.)

とかわし、気にくわないコメントには「貴重な意見をありがとうございます。ぜひ参考にします」と受け流す。企画者はダラダラと話しては絶対にいけない。ましてや、デシジョンメーカーの挑発にのって議論を始めるなど言語道断。

もちろんディレクターとしての姿勢や資質をしっかりと伝えるために重要な質問に真摯に答える事は避けられない。しかし、Q and A最大の目的は“より多くのデシジョンメーカーの態度、意見を聞くこと”だ。

質問に対し、長い時間をかけて持論を述べ立てる企画者がいるが、全くもって時間の無駄。質問への回答は的確・簡潔・必要十分に!せっかくデシジョンメーカーが好意的な意見を言おうと思っていても、時間切れでそういった声を聞けないままで終わることもある。企画者が自分の意見を言えれば気持ち良いかもしれないが、ピッチング・セッションは自己満足の場ではない。

ともかく企画者はしゃべりすぎない!余計なことを30秒語れば、一人のデシジョンメーカーが意見を言う時間が失なわれる。もしそのデシジョンメーカーが「企画を気に入った」と言ってくれれば、その発言を手がかりに国際共同制作が成立するかもしれない。デシジョンメーカー自らが企画者に歩み寄ってきて、「一緒にぜひ国際共同制作しましょう」と言ってくれるケースはあまり無い。だからこそ、ピッチング・セッションで好意的なデシジョンメーカーを探し出すことが重要だ。

<3-3>デシジョンメーカーの質問は良い兆候

小職はデシジョンメーカーとして各地のピッチング・セッションに参加しているが、欧米では、NHKからの参加者がアジアからの唯一のデシジョンメーカーであることが多い。そのため頻繁にモデレーターに当てられることもある。いつも企画を気に入るわけもないが、ピッチング・セッションは基本的には企画者を応援するための場なので、たとえ足りない所があったと感じても「面白くないね」と言うことはあまりない。前向きなコメントができない場合、「質問をしてごまかす」ことが多かった。もっともらしい顔をして、「サブキャラクターは?」、「撮影のプランは?」、「エンディグはどうなる?」などと聞いたりしていた。

こういった通り一遍な質問では無く、厳しく突っ込んでくるような質問はたいへん良い兆候だ。「この企画は可能性がある。検討してみる可能性はある」とデシジョンメーカーが感じると、気になる部分や、分からない部分を詰めて聞きたくなるものだ。関心が無ければ、知らんふりして終わりだ。質問があるということは、関心があるということだ。

<3-4> 想定される質問・コメント

「Why now? Why you?」(なぜ今、これを提案するのか?なぜ、あなたが提案するのか?)

カナダの名プロデューサーで、2013年に急逝したピーター・ウィントニック氏は、こう語っていた。「企画を提案するにあたり重要なのは、“Why now?”、“Why you?”だ」

なぜ“このタイミング”で、なぜ“あなた”がこの企画を制作しなくてはいけないのか?を常に考える必要があるというととだ。実際にこういった質問をするデシジョンメーカーは少なくない。

「なぜ我が国の視聴者が、このドキュメンタリーを見なくてはいけないのか?」

ローカル色の濃いネタで普遍性に欠ける企画の場合、この質問が発せられる。“Universal Issue”が感じられないということだ。事象はローカルでも、必ずその背景には普遍性があるし、そういったネタしか皆さんの関心をひかないはず。うまく答えられるように武装しておくことが大切だ。また「登場する主人公は名もなき庶民だが、彼の姿を通して今の日本が見えてくる。日本を理解するのに適した企画だ」とも答えられれば成功。

「NGOフィルムみたいだ」、「コーポレートビデオみたいだ」

否定的なコメント。「あまり主人公やテーマに近すぎて、客観視を失っている」、「NGOがプロモーションのために作っているビデオのようだ」、「企業が自社PRのために作ったビデオみたいだ」ということ。

「ストーリーの始まり、山場、終わりは?」

欧米のドキュメンタリーの基本は“三幕”(Three Acts)。この考え方に即した質問だ。実際には取材が終わらないと結末が見えなくても、どのように終わるべきか想定しておく。「結末は現段階ではオープンだ」、つまり例えば「主人公は決断に迷っている。現段階ではどういった決断が下されるかは不明で、従ってドキュメンタリーのエンディングも見えない」と言ってしまうと、デシジョンメーカーからは、「そうですか。それでは完成したら持ってきてください。購入を検討しましょう」、「あなたの企画は国際共同制作に向かない(つまり企画段階ではお金は出せません)」ということになる。

<3-5> デシジョンメーカーのコメントはぜひメモを!

デシジョンメーカーからのコメントは様々。「面白いと思った」、「気に入った」、「あとで話そう」、「もう少し情報をくれ」と言わせれば十分。それらのコメントは是非、メモをとっておいて欲しい。そのコメントを手がかりに、それ以後の交渉がスタートするのだ。「あとで話そう」と言われたデシジョンメーカーには、すぐにアプローチしてミーティングの時間を確保すること。印象がフレッシュのうちに、売り込んでミーティング時間を確保するとともに、自分の顔を覚えてもらおう。

ちなみにTokyo Docsでは全参加者に自分のピッチング・セッションの録音を提供しているので、活用してください。